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「お久しぶりです、ルルーシュ様」 礼儀正しくそう口にしたのは嘗て学園で、黒の騎士団で、そしてブリタニアでルルーシュに仕えていた女性、篠崎咲世子だった。 「咲世子さん、よく来てくれた。また会えてうれしいよ」 スザクと共に室内に入ってきた相手が知っている人物だと解り、ルルーシュは全身の緊張を 解き微笑んだ。 「ルルーシュ様、お願いがございます。再びお仕えする事を、どうかお許しください」 「咲世子さん。俺には貴女に仕えてもらえるほどの価値はないですよ」 「いいえ、そのような事はありません。ルルーシュ様にお仕えする事が私の願いですから。そのために、勝手ながらこのお屋敷まで参りました」 お願い致します、ルルーシュ様。 そういって咲世子は深々と頭を下げた。 「・・・全くお前たちは、みな同じことを言うんだな。だが、ありがとう」 ルルーシュが口元に笑みを浮かべたことに、咲世子は安堵の息をついた。 嘗ての時代でルルーシュの願いだったとはいえ、その死を見届けた。 そして、その死が産みだした平和な世界で生きる事となった。 あの時、ルルーシュに仕えていた事は後悔していない。 学生、ゼロ、そして皇帝。 どのルルーシュも自分の誇るべき主だった。 後悔はしなかったが、もし自分の願いが叶うのであれば、この方を死なせることなく、この命が尽きるまでお仕えしたかった。 そう思いながら、新たな主を得ることなくあの時代で生き続けていた。 この時代で目を覚ました時、私は再び主の元へ戻る事が出来る喜びに打ち震えた。 私の事を覚えていなくてもいい。 あのお方に再びお仕えしたい。 その一心でここまで来たのだ。 そして私の唯一の主があの時代の記憶を持って、今目の前にいる。 だが、その体は痛ましいほどに傷つけられ、最初は正視する事さえ戸惑われた。 視界に入る肌にはいくつもの傷が残っていて、思わず咲世子は眉を寄せた。 あの美しかった顔にも醜く大きな傷がある。 その傷のせいだろうか、ルルーシュの顔色はあまり良くない。 「良くここが解ったな」 「篠崎流ですから」 忍者だという彼女には造作も無い事だったのだろうか。 ルルーシュは苦笑しながら、そうか。と答えた。 「ルルーシュ、細かい話しはまた今度にしようか。すこし顔色が悪いよ。今日は天気が悪いからかな?」 そう言いながらスザクは窓の外へ顔を向けた。 今日は朝からどんよりとした雨雲が空一面に広がっており、いつ雨が降り始めてもおかしくはなかった。天候が悪いと傷は痛むものだ。 「・・・かもしれないな」 否定をしないということは、やはり傷が痛むのだろう。 「少し眠ろうか。もし眠れないようならって、ラクシャータから薬は貰ってるから」 そう言うと、毛布の外に出ていたルルーシュの手を取った。 先日からリハビリを初めてはいるが、傷口が開くからと長い間動かす事を禁止されていたため、関節が固くなり、腕も指も言う事を聞かず、今はまだ僅かに動かせる程度だ。だから今もこうしてスザクの手で全ての事を行っている。 「いや、薬はいらない。咲世子、すまないが少し休ませてもらう」 その言葉に、咲世子は頷いた。 「はい。ルルーシュ様、私はこの周辺を見て回りたいのですがよろしいでしょうか」 地形を把握し、不測の事態に備えたい。彼女の申し出に否という理由など無かった。 「ああ、任せる。藤堂がここの警備の責任者だ。まずは彼と話をしてくれ」 「かしこまりました。それでは戻り次第ルルーシュ様のお世話は私が」 その言葉に、スザクは素早く反応した。 「咲世子さん、ルルーシュの世話は僕がしますから大丈夫です」 「ですが、スザク様もまだ幼いのですから、ここは私が」 小さな男の子が、同じぐらいの背丈の男の子の世話など大変でしょう。そうの思いで口にしたのだが、スザクはすっと目を細め眉を寄せた。ルルーシュの手を握る力が強くなり、ルルーシュもまた眉を寄せた。 「大丈夫です。今もずっとルルーシュの世話は僕がしてますから問題はありません」 低い声音で拒絶の空気を纏ったスザクにルルーシュは眉を寄せ嘆息した。 スザクはルルーシュの世話を自分一人でしようとするのだ。 普通は四肢の動かない体の世話など嫌がるものなのに、スザクはそんな素振りは見せず楽しそうに介護をする。とはいえ毎日の鍛錬や、KMFの事もあるため傍にいられない時は、ナナリーとジェレミア、ラクシャータに頼るのだが、他の人間は拒絶する。 場合によってはナナリーとジェレミアさえ拒絶することもある。 こうして拒絶する時のスザクの纏う空気は暗く冷たい。 殺意と敵意をむき出しにしていた、ラウンズ時代とはまた別の冷たさだった。 C.C.が立ち去る時に言っていた。 あれは今は隠れている壊れた心が顔を覗かせているだけだ。おそらくはお前を失う不安と恐怖だろうなと。だからルルーシュはいつも同じ言葉を口にする。 硬く動かなくなっていた指に僅かに力を込めると、スザクはそれに気がつき視線をルルーシュに向けた。途端にまるで捨てられた子犬のような表情となり、縋る様にルルーシュを握る手に力を込める。 「咲世子、君にはナナリーの世話を頼みたい。俺にはスザクが居るから大丈夫だ」 苦笑しながら話すルルーシュの言葉で、スザクの纏う負の気配は霧散した。 冷たさも悲しさも怯えも消え、再び暖かで穏やかな気配を纏うのを感じた。 「かしこまりました」 スザクの反応で、ルルーシュの身の回りの世話に関して一時引くことに決めた咲世子は、そう返事をし部屋を後にした。 部屋の前で会ったスザクは生き生きとした明るい笑顔を向けてきた。 それは、ゼロであるスザクを知る咲世子には信じられない姿だった。 自らを壊し、自らを殺し、ゼロとして生きた青年。 その生き方は、その姿はとても痛々しいものだった。 クラブハウスで楽しそうに笑う姿を見ていたからなおさらだろう。 あれだけ壊れた心が、こうして元に戻った理由はルルーシュなのだとひと目で解った。 だから人に渡したくはないのだ。 また壊れたくはないから。 だから必死に縋りついている。 何て痛ましい姿だろう。 私はルルーシュ様に仕える女。 そしてゼロに仕える女。 ゼロはルルーシュ様、そしてスザク様。 私はお二人にお仕えします。 お二人に幸せを。 それが今の私の願い。 |